小松俊明公式サイトへようこそ!
このページでは、小松俊明がどのような人生を送ってきたのか、できるだけわかりやすく、簡単に書いてみたいと思います。まだ40年と数年の人生ですが、それなりにいろいろな出来事がありました。
若き日の挑戦と冒険、思いがけない出来事や、薄氷を踏むような思い、良い思い出や失敗と挫折もありました。幸せを感じた瞬間、そして悲しい別れもありました。ご縁があって、私のホームページを訪問してくださった方、そしてプロフィールの詳細を読んでみようと思ってくださった方のために、小松俊明を深く知って頂けるよう、できるだけ飾らず、ありのままの自己プロフィールを書いてみようと思います。
長文です。もし関心を持って頂けるようでしたら、どうぞお付き合いください。読んでくださる方に、前もってお礼を申し上げます。ありがとうございます。
東京生まれ、ペナン島育ち
小松俊明は、1967年東京都杉並区永福町で小松家の長男として生まれました。6歳から10歳までの5年、父の海外駐在に伴い、マレーシアのペナン島で過ごしました。帰国後、神奈川県の小学校を卒業。中学受験の末、横浜の私立桐蔭学園中学校に入学しました。
中2のとき、両親が米国ニューヨークに駐在。自分は日本に残ることに決めたため、学生寮に入寮。中高時代に訪れた米国の刺激は、その後の人生に大きな影響を与えることになりました。
一浪して慶応義塾大学法学部政治学科に入りました。浪人生活から解放されましたが、いわゆる典型的な大学生活になじめず、サークルもダメ、体育会なんて論外、勉強にも興味を持てませんでした。
20歳、はじめての冒険
退屈な大学生活をコンプレックスに思っていましたが、偶然見たセント・エルモスファイヤーという米国映画の刺激を受け、米国留学を思いつき、大学3年生の時に一年休学。米国アリゾナ州にあるアリゾナ州立大学経済学部に留学しました。東海岸のニューヨークから西海岸のカリフォルニアまで、米国大陸をアムトラック鉄道で1ヶ月かけて横断するなど、この時期、青春を謳歌しました。
あっという間の1年間でした。そのまま米国の大学を卒業しようかと本気で悩みました。ただ帰国して日本の大学を卒業することが両親との約束だったこともあり、お金も尽きて予定通り帰国しました。
海外志向があり、総合商社の一角、住友商事株式会社に入社。配属されたのは鉄鋼貿易本部の特殊管貿易部。米州向けの鋼管輸出を担当しました。住友商事の歴代の社長を輩出している鉄鋼部門への配属をうらやむ同期もいましたが、自分はここでもなじめませんでした。
27歳、2度目の冒険
今思えば、何か将来に対する具体的な目標を持てればよかったのでしょうが、残業漬けの上司や先輩たちともうまくなじめず、単調な下積みの日々にも耐えられませんでした。結局、住商は3年で辞めました。石の上にも3年を信じて頑張りましたが、自分にはそれが限界でした。
ほとんど会社に貢献できなかったと思いますが、実は会社生活は嫌なことばかりではありませんでした。入社してまもなく同期の女性と出会い、3年間社内恋愛をしたのち、会社を辞めるときには、一生の伴侶を得ていました。1995年のことです。
1995年3月末を持って住友商事を退職した私は、翌月4月にはマレーシアのクアラルンプールに住居をうつしました。最初の1年間、大変お世話になったビジネスマンの方がいました。海外生活も2年目に入ったころ、現地にて一人で出版社を起業し、転職情報誌を創刊しました。編集長兼広告営業を担当し、少しずつですがローカル社員を増やしました。2000年暮れに事業を閉鎖するまでの約5年間、海外の地で生活しました。様々なことがありましたが、ここで培ったリアルなビジネス体験は、一生の財産となったように思います。この間、長男も誕生し、家族人としても幸せな日々でした。
2000年暮れ、帰国にあたり約1ヵ月間、家族で旅行しました。主にタイに滞在。合計6年に及んだ海外生活を終え、2001年1月に帰国後は外資系エグゼクティブサーチ会社に入社し、外資管理職の採用を専門とするヘッドハンターとしてデビューしました。
外資の日々、再出発
その後2008年8月まで、多くの管理職採用に携わってきました。この間2002年には初めて本を書くチャンスに恵まれ、処女作「ストリートワイズなヤツになれ」を上梓しました。本を書くことは性分に合っていたのでしょうか、現在まで著書は20冊を超えました。
外資系エグゼクティブサーチ会社では、最終的には最も社歴が長いコンサルタントでした。在籍7年間で5人の社長についたことになりますが、最後は新任の外国人社長との折り合いが悪くなり、自分が時間をかけて築いたチームを残して自分は会社を去ることになりました。
色々と道半ばのプロジェクトもありましたので悔しい思いもありましたが、ようは外資系企業で外国人幹部を相手に社内政治に負けたわけであり、そろそろ外資系企業を卒業するべき時期が来ていることを自分でも実感していたというのが、当時の正直な気持ちでした。
その結果自分にとって迷いはなく、人生で二回目となる起業の道に一歩踏み出すことに決めました。2008年9月9日、リクルーターズ株式会社はそうして誕生しました。
実はこのころ、それとほぼ時を同じくして自分の初めての家の建築計画を進めていました。外資で働いて貯めた多少のお金を頭金に、妻と一緒に「子育てのための家」を設計しました。これはまさに私が外資の会社を退職した2008年夏から2009年3月にかけての半年間のことです。実はこの時期小学6年生の息子は中学受験のための受験生活をしていました。
このように2008年9月から2009年3月までの半年間は、仕事もプライベートにおいてもまったく新しい生活をスタートした時期でした。人生の再出発を家族全員で支え合い、そして家族全員が新しい人生に踏み出しました。家族の絆が本当に深まった時期だったと思います。
その矢先、ちょっとした事件がありました。ちなみに私の会社もようやく初めての大型案件を受注し、自分たちも新居にうつり住み、子供たちも新しい学校に入学して、ようやく平穏な日々が始まったばかりでした。
私が半年以上前に辞めることになった外資系エグゼクティブサーチ会社が、10年目にして日本から撤退することを決めたのです。2009年5月のことですが、同僚や後輩だった約40人の社員が、突然退職に追い込まれました。結局社内政治に負けずにその会社に残っていたとしても、結局自分はその会社に残るという選択肢はなかったことになります。
私がまさに新しい人生を歩み出した矢先のことでした。人生とは不思議なめぐりあわせだと思います。
新しい時代、新しい生き方
リクルーターズ株式会社は、外資系の管理職求人に注力しているエグゼクティブサーチ会社です。その他にも、面接官スキル研修やキャリアデザイン研修、エグゼクティブコーチングや再就職支援事業をしています。同時に人材紹介業界に貢献することを考え、人材紹介事業の開業支援やコンサルタント研修、他社への経営コンサルティングや顧問業などにも注力しています。
せっかく自分の好きなように仕事をする自由を得ましたので、働くにも生活するにも楽しい街、吉祥寺に事務所を構えることにしました。国分寺にある自宅からも、door to door で30分かからず、職住接近を実現することにしました。
私は2011年9月現在、44歳ですが、これからの約15年間、自分が一番注力すべきは「子育て」であると考えています。実際子育てのために理想とする家を建てましたし、独立したのも仕事と家族との時間をもっとも充実させるためのライフスタイルを作るために決断しました。
この時期、ビジネスマンとしてももっとも脂がのっている時期であり、公私にわたり、充実した生き方ができるよう、フリーの身で仕事をするスタイルを選んだことになります。健康に十分留意して、精いっぱい人生を楽しみ、そして仕事も頑張りたいと思っています。
幸せな人生を送るには、「自らの人生の操縦席に座っていることを実感したい」と思っています。できるだけ楽しく、上機嫌に過ごすことが毎日の目標です。そして多くの方々とのご縁を大切にし、世の中の役に立てるような生き方ができたら本望です。
スローライフ、美味しい食事、家族との楽しい時間
私の週末は、ほとんど家族と一緒に過ごしています。一緒に買い物に行ったり食事をしたり、たまに料理を作ったり庭いじりをしたりなど、基本は子供たちと遊び、妻と買い物やおしゃべりを楽しむスローライフを楽しんでいます。4年前から続けている料理教室のおかげで、すでに100品以上レシピもたまりました。週末には、たまに家族のために料理を作るようにしています。
一行日記は2004年からすでに連続で2500日以上書いています。ブログもほぼ毎日更新しています。FacebookやTwitterも楽しんでいます。最近は特にユーチューブに動画をアップすることに注力しています。
ちなみに星座はおとめ座で、干支は羊、血液型はO型です。動物占いは黒ひょうです。
週末にはドライブをすることが多く、10年間、同じブランドの車を3台乗り継いでいます。郊外に買い物に行くことが多いため、ワゴンタイプに乗っています。お酒は何でも飲みますが、ベルギービールが特に好きです。ワインとバーボンも好きです。エスニック料理をよく食べます。特にタイ料理と韓国料理には目がありません。
これまで一番遠くまで旅行したのは、南米のメキシコ、そして東欧のハンガリーです。これまでのところ、20カ国以上を旅してます。飲みに行くのは、主に神楽坂です。テレビはあまり見ませんが、例外的にNHKドラマ、米国ドラマ、選挙の特番はよく見ます。最近は無料動画を深夜までよく見ています。
ライブ、スポーツ、買い物
才能豊かなバイオリニスト、ヴァネッサ・メイ、ピアニストの上原ひろみさん、ギタリストの村治佳織さんのファンです。ジャズのライブを聞きに行くのも好きです。プロ野球、Jリーグ、プロバスケのBJリーグの試合をよく見に行きます。
最近買って一番うれしかったのは、ハーマンミラーのアーロンチェアです。シンプルなデザインで機能性が優れている商品が好きです。手帳はモレスキンを長いこと愛用しています。スーツとビジネスシャツは、オーダーでオリジナルに作ってます。色はブルーとブラックが好きです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いします。
2011年 小松 俊明


